[東京銀座]1980年代
















1987
小林はチークダンスがめっぽう上手い。
「小林」というのは店名で本名は中村修。幼い時からのあだ名がそのままのこって,親しい女客からは「サム」と呼ばれている。
同僚は苦笑いしながら言う。
「別に俺たちと踊り方も変わっちゃいないし,フロアで抱き合ってるだけでベタベタ話すみたいにもみえないのにさ」。
「サムは,これという的は必ず落とすんだからな。かなわねえよ」。
草刈正雄に似てるとか,アランドロンに似てるとか,惚れた女客から必ず言われる色白の横顔の頬を,うっすら歪めて笑うだけだ。
その笑い方は見ようによっては高飛車にも,薄情そうにも見えるが,その冷たささえ,熱いチークダンスでサムに決められた女たちには,たまらない魅力の味つけになる。
サムは内心でつぶやいている。
[おまえさん達とは商売のやりかたが違うのだよ]
[店での成績,売り上げのグラフ。。そんなものが何になる。ただ店を儲けさせるだけじゃないか。
俺は俺自身の収入とプラスの事しか考えちゃいないのよ。
そのためには一人の女客(ツル)を徹底的に喰いツブして次にかかるという方法をとらないと,女は金を吐き出さない。
女なんてものはあれで用心深くて猜疑心が強い。おまけに独占欲が強くケチで細かいときている。
そんな女を狂わせるには,こっちも斜にかまえずに,正面から向き合わなくてはダメだ。
そんな俺の気持ちのオーラが,チークを踊っている時の女の子宮にとくとくと注ぎこまれるというわけさ。。]
―夜の底に生きる,新潮文庫,山口洋子 1987年初版,

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1987
「捨てないで。。捨てないで。。サム。」。
女が歓喜の悲鳴をあげる毎に小林の腰は深く沈んで女を十字架につけ,十重二十重にしばりつけてゆく。。
小林はシンと鎮まりかえって,女がいくら追いかけても追いかけても追いつかないところで,自分の姿だけを鏡に映して眺めている。
小林の下半身が萎えないのが不思議なほど,肉体と精神はバラバラだが,あるいはそれは女があまりに醜く,この行為が現実のものだと思えないせいかもしれない。
いずれにせよ,小林は自分の「美」しか認めずわかろうとしないナルシストという美男の業を背負っていた。
それに小林は,自分がのらない時の商売用のセックスには,内緒でマリファナをやるのだ。
一服深々と吸って知覚を朦朧とさせ,眼と頭を殺してから女と寝るのだ。
この方法は,すさまじい口臭の金貸しの女をパトロンにもつ先輩のホストに教わった。
「むこうを飛ばそうと思ったら,先にこっちが飛んじゃうことさ。
どっちにしても,牛やヒキガエルを飛ばせようってんだ。正気ではやってられねよな」。
―夜の底に生きる,新潮文庫,山口洋子 1987年初版,
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1987
美貌と豪奢な贅沢さで売った愛子。
名をきけば驚くような大物の客や後援者を十指にあまるほど持ちながら,一緒に死んだのは同じ職場の,主任にもなれないうだつのあがらないボーイだった。
ゲイボーイのひろ子。
男に惚れぬいて,女に生まれ変わる事を念じひっそりガス管をくわえた。。
「かつら」のマダム。
きれいに巻き上げたアップの髪に,シルバーミンクのストールを肩からかけ宵やみの並木通りを歩く姿が印象にのこる。
銀座の黄昏の闇にまぎれこむように自らの命を絶った。。
やはり同じ銀座の「アルファ」のマダムとの同性愛の痴話喧嘩の果てだという話があった。
マダムの自殺の後数週間後に「アルファ」のマダムもその後を追って服毒自殺を図るも未遂。
一命はとりとめたものの,強い後遺症で職にはもどれないようだ。。
ほの白くしずんでいった蝶々の翅の数を,こうしてひとつひとつ数えて筆をすすめていると,
まるで終わりのない輪舞をかいているほど,終わりがない事にも気づかされる。
―夜の底に生きる,新潮文庫,山口洋子 1987年初版,

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1987
ミンクのコートでは覆いきれない寒さと,ダイヤの光では埋め尽くせない翳りを両手で抱いて,ホステスたちはいつも自分の,ストレートすぎる女の情念を持て余す。
表面が華やかであればあるほど,裏道と楽屋の落差は深い。
独りぼっちになった時の,紅とマスカラのない素顔で,派手な女たちはほっと安らぐどころか,その時がおそろしくて怯えているのが本音だ。。
毎夜,夕暮れになると毎夜同じに灯はつき,シャンデリアの下で宴ははじまるが,ゆったりと流れているかにみえるネオン河の流れは,予想外に過酷で急激だ。
流れについていけなくなり,ほの白くしずんでいった蝶々の翅の数を,こうしてひとつひとつ数えて筆をすすめていると,まるで終わりのない輪舞をかいているほど,終わりがない事にも気づかされる。
―夜の底に生きる,新潮文庫,山口洋子 1987年初版,

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