[東京銀座] 橋の街銀座〜三島由紀夫『橋づくし』 をよむ
橋づくし
小弓が先頭になって四人は月下の昭和通りに出た。自動車屋の駐車場に,今日1日の用が済んだハイヤーが黒塗りの車体に月光を映している。それらの車体の下から虫の音が音が聞こえる。昭和通りにはまだ車の往来が多い。しかし街がもう寝静まったので,オート三輪のけたたましい響きなどが街の騒音と混じらない。遊離した孤独な騒音という風に聞こえる。月の下には雲が幾辺か浮かんでいて,それが地平を包む雲の堆積に接している。月は明らかである。車の行き来がしばらく途絶えると,四人の下駄の音は,月の硬い青ずんだ空のおもてにじかに弾けて響くように思える。
小弓は先に立って歩きながら,自分の前には人通りのない白い歩道だけのあることに満足している。誰にも頼らずに生きてきた音が小弓の誇りなのである。そしてお腹がいっぱいであることにも満足している。小弓の引いている影を踏んで,満佐子とかな子は小指を絡み合わせて歩いている。 夜の空気は涼しく八つ口より入る風が静かに冷やしてくれる。
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東銀座の1丁目と2丁目の境のところで昭和通りを右に曲がった。ビル街に街灯の明かりだけが規則正しく水を撒いたにように降っている。月光はその細い通りでは,ビルの陰に覆われている。
程なく4人の渡るべき最初の橋,三吉橋がゆくてに高まって来た。それは三叉の川筋にかかった珍しい三叉の橋で,向こう岸の角には中央区役所の陰気なビルがうずくまって,時計台の時計の文字盤がしらじらと冴えて,とんちんかんな時刻を示している。橋の欄間は低く,その三叉の中央の三角形を形づくる三つの角におのおの古雅な鈴蘭燈が立っている。鈴蘭燈のひとつひとつが4つの燈火を吊るしているのに,その凡てが灯っているわけではない。月に照らされ灯っていない灯のまるい磨硝子の覆いが真っ白に見える。そして灯のまわりにはあまたの羽虫が音もなく群がっている。
川の水が月光のために乱されている。
先達の小弓に従い一同はまずこちら岸の橋のたもとで手を合わせて祈願をした。近くの小ビルのひとつの窓の煙った灯が消えて,一人きりの残業が終わって帰るらしい男が,ビルを出るときに鍵をかけようとして,この珍しい光景を見て立ちすくんだ。
女たちはそろそろと橋を渡りだした。下駄を鳴らして歩く同じ舗道の続きであるのに いざ第一の橋を渡るとなると足取りは重々しく,檜の舞台の上を歩くような心地になる。三叉の橋の中央に来るまではわずかの間である。わずかの間にあるのに,そこまで歩いただけで何か大事を成し遂げたようなホッとした気持ちになった。
ー『橋づくし』三島由紀夫 ,1951
guhvtyhhj pc
2012年07月20日 12:42:18
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銀座シネパトス閉館…大正時代の三原橋。当時からこの賑わい。
のちの埋め立て工事では、交通量が多過ぎて橋桁を撤去できずにそのまま埋めたそうだ。
そのせいで、シネパトスの辺りは今も丘のように盛り上がっている。
ついっぷる