[東京目黒] とんき(とんかつ料理)

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[東京目黒] とんき(とんかつ料理)    
池波正太郎
終戦後の私は目黒と品川の境にある街に住み続けている。都庁に勤めていた頃の私は,保健所の時も,税務事務所の時も,国電・目黒駅から毎朝役所へ通った。だから目黒駅の今の駅ビルの一角にあった「とんかつ・とんき」や中華料理「香港園」を見出すのにそれほどの時間はかからなかったものである。
中でも「とんき」の躍進ぶりは目覚ましい。以前の国電の線路を背にした崖上の 小さなお店を出る客たちの満足に溢れた顔を私は今も忘れることができない。それは戦後の廃墟から東京が復興していき,都民たちの顔が飢えから蘇ってくると過程と歩調を合わせていたのである。人それぞれ好みはあるにしてもともかくも「とんき」のトンカツを食べて「まずい」という人はいないだろう。
半袖の白いユニフォームを身につけてテキパキ立ち働くサービスの乙女たち。新鮮なキャベツがなくなると彼女たちが走り寄って来て,ザッとおかわりのキャベツお皿に入れてくる。
「ああ,もうここに来るとキャバレーやバーに行きがなくなります」
と言う中年の客もいる。
磨きぬいた清潔な店内。皿の上でタップダンスでも踊りそうな生きの良いカツレツ 。私は先ずロース・カツレツでビールを飲んで,ついで串カツレツで飯を食べることにしている。
今の「とんき」は旧店を駅ビルのために捨て,目と鼻の先に以前の小さな木造建築とは比べ物にならない立派なお店を構えているが,よく見ると主の心構えが少しも変わらぬことが店構えにも作りにも見てとれる。
ー雑誌太陽,池波正太郎,1976年 

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