神田わが町 研数学館 予備校講師は偉かった
#学校
財団法人研数学館です、100年近くの歴史がありましたが、バブル崩壊後、自主廃業という形で予備校の業務から撤退しました。
http://www.kensu.or.jp/
現在の研数の活動のHPです。私はこの研数学館予備校の生徒でした。
東京の田舎、八王子で育ち、自宅から通えるところなら良いと高校まで自転車で行けるところしか行ったことのない私にはこの水道橋駅や神田、お茶の水、都会は不思議なところでした。
進学先の大学が中央大学またもや自転車で行ける八王子ということもあり、この一年間の浪人時代の思いでは強烈に自分の胸に焼き付けられています。
とにかく生徒の女性のセンスが田舎とはぜんぜん違う、、どうして浪人している女の子がこんなにおしゃれなのかド田舎高校生をしていた私には不思議でした。
そして、友人で早稲田の文学部に進学したK君は文学の知識もあり、音楽の知識も、すごい、私は単なる田舎の勘違い無教養高校生でした。T君は3浪生、明治大学に進学、茨城県の大きな醤油屋さんの御曹司は初めて見た地方のお金持ちの人でした、、周囲に気を使う人徳あふれる人柄でした。また、A君は東京理科大の2部に在学しながら、この研数に通っていました。仮面浪人というやつです、、A君曰はく
「俺はバカだから東京理科大の授業についていけない」
「もう単位はだめだ、だから研数にきて自分の能力に見合う大学に入りなおす」
嬉しそうに言っていました。かれは次の年、中央大学の理工学部に合格しました。
楽しい人が周囲にたくさんいました。そして、研数の講師、研数は専任講師が売り物の予備校でほかの予備校のようなアヤシイ歌を歌う人や、冗談が講義のほとんど、いわゆる売名講師はいませんでした。都会の受験生はそんなペテン師はとっくに見抜いており、
「金のためとはいえ、よく恥ずかしくないな、」
「某大手予備校の名物講師のおっつさん」
と周囲の研数の生徒は嘲笑していました。私は寝坊だったので午後部の授業に出ると、生徒は80人教室に15人ぐらい、、昼間200人で講義をしているベテランの先生が私たち15人に素晴らしい講義をしてくれてことをおぼえてます。ここは「もうけ主義」じゃないんだ、、そんなことを友人と話した思い出があります。
あの先生は東京外語大学を出て歌手になろうとして失敗した、、アフリカにはまり、、そして気が付いたら30歳、、、職がない、全共闘運動で一度ブタバコ入り、、商社を辞めた、、外務省を辞めた、、高校の先生辞めた、、ロックの評論家で食べてゆけない、、たんなる学者クズレ、、、でも面白い人たちでした。俺が教育者だ、、という鼻持ちならない態度もなく。地味に職務を遂行する、謙虚な姿勢に感動しました。
大学に入学後お世話になった英語のT先生に神田で偶然お会いしました。立ち話でしたが、「私は予備校講師なんて、」「社会的にたいした仕事をしていないが、」「とにかく君たちに教えるのが好きだからこの仕事をやっているんだよ」
短い会話でしたが、、19歳の私にはこの言葉が強く心に残っています。
そして私がこの業界に入ったとき、受験業界で自分が教育者だと勘違いしている奴は狂人だから相手にしない方がいい、と教えてくれた人がいました。本当にそうでした、予備校が熱い、予備校ブギ、予備校教師教育を語る、よく恥ずかしくないですね、、正常な人間の予備校関係者はあきれてものも言えませんでした。
「教育の世界の賤業という自覚がないとああなるのか」
予備校業界もこの昭和の60年代が終わり、S.K、Y 駿台、河合塾、代々木ゼミナールの全国展開の時代に入ります、そして小中学生の塾が大学受験に進出してきます、
研数学館は??
どうやらこの小さな塾群に受験生を奪われたようでした、そして平成のバブルに、研数は津田沼に校舎を建てました、友人の非常勤で研数で働いている講師にきくと、
「研数の津田沼校は生徒が自習をする教室完備」
「学校法人でありながら風俗産業みたいな儲け主義予備校と研数は違う」
「日々是決戦ではなく日々是決算予備校とは研数は全然違う」
そして塾業界のゴールデンセブンという用語があります、平成7年のことです、この時期が予備校業界の最盛期です。しかし、、もうこのころから予備校の講師の高収入は伝説のものとなり。業界自体は冬の時代に備え、この平成7年を区切りに多くの人たちは引退をしたり、転職をしてゆきました、同時に多くの人がこの業界を去ってゆきます。田舎の公務員滑り込み合格市役所の職員、進学校を目指す私立高校に常勤講師でもぐりこみ何とか生きている、親の仕事を継ぐ、理系なら企業の研究員、最悪は自殺でした、受験生の激減、、大学が推薦入試にシフト、、予備校業界は冬の時代から長期氷河期に入ります。私たち予備校講師は、唖然とする学力の生徒が11月に推薦で合格し予備校をやめてゆくのを見て、
「この程度の勉強ができない生徒を入学させた大学は」
「あと10年したら大変なことになるだろう、」
「まあ、勝手にするがいいや、」
「教える教授は理系なら大変だろうな」と苦笑していました、
おそらく偏差値の低いところは言うまでもなく、
推薦入学の比率が高い大学から倒産してゆくだろう。そんな予測を当時からしていました。そして、その前大学の悲劇を見る前に研数学館は幕を下ろしました。
今マスコミで大学の実力、、東京理科大は受験で入学している生徒の比率が最も高い大学と報じています。そして理系の学生にきくと、就職の面接で東京理科大の学生は全然実力が違う、、みな口をそろえて言います。むかしから付属の生徒の低レベルは有名な話ですが、ユニーク入試、OA方式、推薦、自己推薦(これこそ噴飯ものですが)多くの低学力の若者を育成する制度が考え出され、その結果が大学大量中退という結果で、出ています。受験勉強は社会で役に立たない、、たしかに事実です。でも受験勉強が理解できない学生は大学の勉強も理解できない、受験勉強ができる生徒はできない生徒よりも社会で役に立つことが多い、、アカデミズムや教育原理の世界を無視して考えると
これがもう世の中の常識コモンセンスでしょう、、「ドラゴン桜」が多くのことを代弁してくれています。もちろん東大崇拝は滑稽ですがこれはドラマを成立させるための方便と思ってみていました。
結論を言えば、一番マシなのは偏差値でした。個性が一番、この言葉に代表されるおかしな平等主義に迎合した大学がどんどん倒産、閉鎖、解散してゆくすがたを多くの予備校教師は冷笑しています。
2012/01/31 16:58
神田わが町
pic kumasan 2
http://pickumasan2.jugem.jp/?eid=205#gsc.tab=0




