迷えるスター・ウォーズ、ディズニーが乱すフォース
新作「スカイウォーカーの夜明け」は大ヒットが予想されるが、長年のファンの一部は「ディズニー色」に背を向けつつある
By Erich Schwartzel and
R.T. Watson
2019 年 12 月 13 日 10:50 JST 更新
ルーク・スカイウォーカーが映画のスクリーンに戻ってくる。ウォルト・ディズニーの幹部はその計画に耳を傾けていた。2013年のことだ。ディズニーはその数カ月前、映画製作会社ルーカスフィルム買収に40億ドル(現在のレートで約4350億円)を支払っていた。映画製作担当者らはウォルト・ディズニー・スタジオのアラン・ホーン会長に対し、2年後に公開予定だった「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」の筋書きを売り込み始めた。この作品で新たに登場するキャラクターのボール型ドロイド「BB-8」も紹介した。会議に同席していた関係者によると、ホーン氏は「BB-8」を気に入り、新キャラクターが生み出すグッズの売り上げの可能性についても気に入ったようだった。
しかし、ホーン氏からは注文もあった。ディズニーとしては玩具も多く売りたいが、キャラクターやストーリーがビジネス的な判断に左右されたとファンに思わせることがあってはならないと。スター・ウォーズのキャラクターやストーリーは、それまでディズニーが傘下に収めたどんな作品群とも違っていた。少しでもマーケティングの臭いがしたとたん、熱心なスターウォーズファンの目には、ディズニーは悪の帝国と映ることになるのだ。その危険地帯をうまくくぐり抜けることが結局、ディズニーが「スター・ウォーズ」シリーズを傘下に収めることの最も難しい部分となった。新世代のファンを取り込みつつ、作品の成否に大きく影響するコアなファンが離れて行くのをどう避けるのかだ。
ジョージ・ルーカスが作り出したスター・ウォーズの世界を買ったディズニーには、その投資をグッズ販売やテーマパーク、将来の売上高を約束してくれる映画作品につなげたい思惑があった。
ディズニーのキャラクターとポーズを取るルーカス氏(2010年8月) PHOTO: TODD ANDERSON/DISNEY/GETTY IMAGES
これまでのところ、ディズニーにとってスター・ウォーズ関連のビジネスは堅調だ。ディズニーによる買収後の新3部作の最初の作品「フォースの覚醒」は北米興行収入が史上最高の9億3700万ドル(約1017億円)となった。同社が11月に開始したストリーミングサービス「Disney+(ディズニープラス)」でも、スター・ウォーズのスピンオフ作品「マンダロリアン」が目玉となり、ファンが「ベビー・ヨーダ」と呼ぶ作中のキャラクターは一躍人気者となった。「Disney+」の契約者数は、サービス開始後1日で1000万人に達したという。またディズニーは今年、カリフォルニア州アナハイムとフロリダ州オーランドのテーマパークで「スター・ウォーズ:ギャラクシーズ・エッジ」のアトラクションを開始。自分だけのオリジナル「ライトセーバー」が作れることなどがファンの間で人気となり、同社テーマパーク部門の売り上げ拡大に寄与した。
しかし、懸念も生じている。新3部作の2作目「最後のジェダイ」は、北米興行収入が「フォースの覚醒」に比べて33%減となった。若き日のハン・ソロを描いたスピンオフ作品「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」は公開スケジュールのまずさもあって不調となった。テーマパークでは、予定されていた2つ目の乗り物の導入が遅れ、それが客足に響いた(フロリダのテーマパークでは12月第1週に開始、カリフォルニアのテーマパークでは来年1月開始予定)。また、有名な監督が相次いで解雇されたり、突然去ったりしており、スター・ウォーズ映画は次に公開される作品以降の製作計画がはっきりしていない。
新3部作の最後を飾る
「スカイウォーカーの夜明け」
は12月19日に公開される。ディズニーは同作品公開後、戦略を見直すために少し時間を取る必要があるとしている。ロバート・アイガー最高経営責任者(CEO)は11月、アナリストとの電話会議で「一時停止ボタンを押すだろう」と語った。
2012年のルーカスフィルム買収により、ディズニーはすでに完成された映画の世界を手に入れた。そこにはオリジナル作品の信者がおり、彼らは細部まで再現した衣装を身にまとってファンの集いに参加し、「フォース」やその他の詳細について果てしなく議論するのだ。ディズニーのコンサルタントによると、同社はルーカスフィルム買収後にようやく、いかに熱烈なファン層を抱え込んだかを理解し始めたという。筋金入りファンの間でどんな評価がまず交わされるか。それが作品のより一般的な受け止めを決め、公開初週の興行収入も左右することがある。ハリウッドの製作会社は予告編や各種プロモーションへの反応をソーシャルメディアで探り、その感触によって軌道修正が必要かどうかを判断する。
スター・ウォーズの場合、その神話にごくささいな調整を加えても、ファンの逆鱗(げきりん)に触れる可能性がある。「小さなことでも大騒ぎになる」。アイガー氏は5月の「ギャラクシーズ・エッジ」開業時に行われたインタビューでこう語った。
スター・ウォーズのファンが喜んで買うのは映画チケットだけではない。ブルーレイ(20ドル)のほか、ギャラクシーズ・エッジで販売されるダース・ベイダーの金の指輪(84ドル)、チューバッカのエプロン(32ドル)、ライトセーバー(199ドル)などのグッズにも出費を惜しまないだろう。こうしたコアなファンを満足させつつ若い映画ファンを取り込むことに、ディズニーは今のところ成功も失敗も味わっている。
ディズニーによる買収後の2作目「最後のジェダイ」は、歴代作品の根幹部分と矛盾すると受け止められた。古いファンの多くは、ストーリー展開が子どもの頃から慣れ親しんだ神話を無視または曲解したと感じ、サブプロットもくだらないと反発した。そのほか、新世代の若い登場人物に違和感を覚えるファンもいた。主要な役柄に女性やマイノリティーをキャスティングしたことで、ファンの一部からは、映画がポリティカル・コレクトネス(政治・社会・道徳的に公正とされること)に屈したとして批判された。
ルーカスフィルムは設立以来、熱烈なファンを生み出すことに力を注いできた。スター・ウォーズ第1作が封切られる前年の1976年、ルーカスフィルムはSFファンの集いに撮影中の映画の写真を携えた関係者を送り込んだ。1977年に映画が公開されると劇場に長蛇の列ができ、一躍社会現象となった。
「エピソード6/ジェダイの帰還」が公開された1983年のニューヨークの劇場前 PHOTO: DAVE PICKOFF/ASSOCIATED PRESS
その35年後、ルーカスフィルムを傘下に収めたディズニーは、新作を求めるファンの熱い思いをビジネスに活かし、40億ドルの買収に十分な価値があることを証明しようとした。かつては新作が出るまでファンは何年も待たされたが、ディズニーは製作スピードを上げ、毎年新しい作品をリリースしている。ディズニーはこの多作戦略を2006年に買収したピクサー・アニメーションや、2009年に買収したマーベル・スタジオに用いていた。ピクサーの公開作品は買収前の9年間では6作品だったが、ディズニーの傘下に入るとほぼ毎年作品を世に出し、1年で2作品を公開する年もあった。マーベルの場合、ディズニーによる買収以降、大抵は年に2作品を製作し、最近は年3作品のペースに加速している。
北米興行収入ディズニー傘下でスター・ウォーズ作品の興収は減少傾向にある出所:ボックス・オフィス・モジョ
$936.7 (単位:100万ドル)532.2620.2213.8「スター・ウォーズ / フォースの覚醒」(2015)「ローグ・ワン / スター・ウォーズ・ストーリー」(2016)「スター・ウォーズ / 最後のジェダイ」(2017)「ハン・ソロ / スター・ウォーズ・ストーリー」(2018)
ピクサーには複数のシリーズ作品があり、新作と続編が次々と生み出されている。マーベルはコミック数十年分の蓄積から大量のキャラクターを持っている。対照的にスター・ウォーズの作品群は1つの大きなストーリーに沿っており、登場するキャラクターもはるかに少ない。そうした状況でディズニーは2015年に「フォースの覚醒」を公開し、続く4年間で4作品を製作した。2017年12月公開の「最後のジェダイ」から2018年5月の「ハン・ソロ」までは5カ月しか空いていない。辛口な長年のファンの一部は、製作スケジュールを急ぎすぎたせいで物語に無理が生じたと非難する。
キャスリーン・ケネディー社長をはじめルーカスフィルムの幹部は、ディズニー上層部に「ソロ」公開を2018年のクリスマスシーズンまで延期するよう働きかけた。現・元同僚らによれば、市場が「過飽和状態」になるのを懸念したためだ。だがディズニー側はその主張を却下した。
「ソロ」は予定通り封切られたが、ファンの盛り上がりには欠けた。北米興収は2億1300万ドルと、スター・ウォーズ作品では最低だ。作品の公開を重ねるごとにグッズの売上高は減少し、テーマパークではスター・ウォーズのアトラクションの集客数が予想を下回った。アナリストの予想では過去最高を記録するはずだった。
ディズニーにルーカスフィルムを売却する数カ月前、ルーカス氏が社長に抜てきしたのがケネディー氏だった。同氏はこれまで、ディズニーによる買収前後で異なるカルチャーの橋渡し役になろうと苦心してきたと、友人や元同僚らは言う。
ケネディー氏はコメントを控えた。
ルーカスフィルムのケネディー社長(2018年) PHOTO: MARIO ANZUONI/REUTERS
ケネディー氏はハリウッド史上最も成功したプロデューサーの1人で、「E.T.」や「ジュラシック・パーク」などを手がけたことで知られる。スティーブン・スピルバーグ監督とは「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」以来、仕事を共にした。ルーカスフィルムに移ってからは、新進気鋭の監督を起用してきた。そうすることでシリーズ物を最近の観客の好みに合わせられるとの考えからだ。もしルーカスフィルムがこうした若い監督の手綱を握ろうとしていたら、大胆で明確なビジョンを持った人材は集まらなかっただろうと、「最後のジェダイ」のプロデューサーの1人は話す。そうした創作上の自由さは、ディズニー側の意向とたびたび衝突した。ディズニーが求めるのは、ストーリーに新展開を与え、同時に一部ファンの郷愁の念にも応える映画を作ることだ。新3部作で協力したことのある複数の関係者がこう指摘する。「フォースの覚醒」は1977年の第1作をあまりにも踏襲しすぎたと批判され、一方で「最後のジェダイ」は物語を一貫性のない方向に発展させたと批判を受けた。その結果、監督が何度も交代する事態となった。鳴り物入りで迎えられても、物語に対する野心がディズニー側のガイドラインを大きく踏み越えたり、製作費2億ドルの超大作を扱うには経験不足だと判断されたりすると突然降板させられた。
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ディズニーが意欲を見せるのは、スター・ウォーズの新機軸を打ち出すことだ。アイガーCEOはテーマパークの新アトラクション「ギャラクシーズ・エッジ」の舞台を、ルーク・スカイウォーカーの故郷であり、コアなファンには懐かしい惑星「タトゥイーン」ではなく、新たな惑星「バトゥー」に設定するよう命じた。バトゥーであれば、新3部作でカイロ・レンが操縦していたコマンド・シャトルの隣に、ルーカス氏のオリジナル作品で活躍した宇宙船ミレニアム・ファルコンを並べることも可能だ。
「私は過去にとらわれたくない」。今年、カリフォルニア州アナハイムのディズニーランドでスター・ウォーズのアトラクション開業に立ち会った際、アイガー氏はこう語った。一方、「最後のジェダイ」では、新たな領域に進んだことが一部のファンの恨みを買った。彼らはライアン・ジョンソン監督が、わずか2年前に製作されたJ・J・エイブラムス監督の「フォースの覚醒」とほとんど関連性のない映画を作ったようだと嘆いた。
「最後のジェダイ」では、新3部作の主人公であるレイが歴代作品のヒーローとは異なり、強大な力を持つジェダイや選ばれた血統の子孫ではないことが暗示された。何より最悪なのは、一部ファンの目には、自分たちのヒーローであるルーク・スカイウォーカーを抹殺したように映ったことだ。
「最後のジェダイ」で主人公レイを演じたデイジー・リドリー PHOTO: EVERETT COLLECTION
コロラド州在住のジェイ・ウィルソンさん(45)は「最後のジェダイ」を見た夜、眠れなくなったという。そして、さらに3回映画館に通った。「諦めるわけにいかなかった。私のスター・ウォーズだという部分をこの作品に探さなくてはならなかった」からだ。ブルーレイ版が発売されるとウィルソンさんはそれも購入した。「スカイウォーカーの夜明け」は公開初日に見に行くつもりだ。
ルーカスフィルムの元幹部ハワード・ホフマン氏によると、スター・ウォーズは「歴史的な政治――独裁国家の台頭、民主主義の死など――を土台にしている点では政治的だが、現代の課題について何か立場を明確にしたことは一度もない」という。シリーズ作品の管理を担当していた同氏は1980年に入社し、約2年前に去った。しかし最近、新3部作の「コンテンツが現代的な動機に起因している」という見方もされていると同氏は話す。
ディズニー・スタジオを率いるホーン氏とルーカスフィルム幹部は、最近の観客の期待に応えるべくキャストを多様化し、興収の大半を海外で稼ぐグローバル市場の現実にも配慮した。
米国の政治的分断が作品の反応に飛び火し、一部の女性キャラクターに矛先が向けられたこともある。「最後のジェダイ」で主要キャストに起用されたケリー・マリー・トランはベトナム系だ。ネット上で容赦ない差別発言を浴びたトランは、映画公開から6カ月後にソーシャルメディアのアカウントを事実上閉鎖した。
新3部作や2016年公開のスピンオフ作品「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」のストーリーは、1人のヒロインを中心に、それを取り巻く複数の主要女性キャラクターで構成される。これは、レイア姫が唯一の目立つ女性キャラクターだったオリジナル作品からすれば大きな方向転換だ。
英リバプール在住のファン、アンソニー・アーゴさん(42)は「平等には大賛成だ」と話す。「だが映画はまるで女性キャラクターの宣伝のようで、男性キャラクターを犠牲にしている」
こうした論争はソーシャルメディア上で一段と熱を帯びる。ロサンゼルス在住のグラフィックデザイナー、ヴィト・ジェスアルディさんは「Why Star Wars: The Last Jedi is a Complete Cinematic Failure(『最後のジェダイ』はなぜ映画的に完全な失敗作なのか)」と題する動画をユーチューブに投稿。その中で物語構成上のミスと思われる点を詳細に分析した。この動画は800万回近く再生されている。ジェスアルディさんによると、痛烈批判を20分間繰り広げる同動画の広告収入で、1年分の家賃を超える金額を稼いだという。
あまりに険悪なムードとなった「最後のジェダイ」論争には、ロシアのネット荒らし(トロール)も目を付けた。不和の種をまく場所にぴったりだと注目したのだ。これはヒラリー・クリントン氏や黒人差別撤廃を訴える「ブラック・ライブズ・マター」をめぐるネット上の論争によく似た構図だ。南カリフォルニア大学の研究員、モートン・ベイ博士が公表した報告書はこのように指摘した。
ベイ博士は、ロシアのトロールがスター・ウォーズに関する扇動的なコメントをオンラインフォーラムに投稿した複数の例を挙げた。狙いは人々の神経を逆なですることにあり、「米国が分裂し、混乱状態にあるという意識を広めるのに役立つ」という。
アイガー氏が公開前に「フォースの覚醒」をルーカス氏に見せると、スター・ウォーズの生みの親である同氏は、この新作が旧作と酷似していることが信じられない様子だったとアイガー氏は振り返る。オリジナル作品と同様、2人の男性と1人の女性が反乱軍に加わり、巨大兵器を破壊する物語であり、ハリソン・フォードとキャリー・フィッシャーの共演も同じだった。
「慎重に紙一重のバランスを保っているのだ」。アイガー氏はルーカス氏にこう説明したという。「最も熱烈なファンを満足させなければ、われわれは殺されてしまう」
最新作「スカイウォーカーの夜明け」はそれでも大ヒットが予想されている。「最後のジェダイ」で遠ざかったファンも、エイブラムス監督には期待を寄せる。エイブラムス氏は常に長年のファンを念頭に置いていたと、一緒に仕事をしたある幹部は話す。ストーリー会議では、まるで目に見えないファンが監督に耳打ちしているようだったという。
今月、新3部作の完結編が公開されれば、それに続く新シリーズは、数十年来のスター・ウォーズの記憶から解き放たれ、普通の映画ファンに親しみやすいものになるだろうとアイガー氏は語る。だがそれで恐らく一部のファンが離れるであろうことも承知している。「全員を満足させることはできない」からだ。もし今持っているものを新しくしていかないのであれば、「博物館に保管し、古くなるのをただ見守るのと同じだ」と同氏は語った。
WSJ日本版
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