船越防災トンネル,横須賀のトンネル特集
2008-06-15 | 田浦
◆船越防災トンネル
横須賀のトンネル特集。連日東北地方での地震のニュースが流れています。 災害は、いつどこで起きるか予測できません。予め災害に備えておくというのが とても大切ですね。横須賀市の災害対策としての一つが「防災トンネル」です。 谷戸地域が災害時に孤立するのを防ぐ、この防災トンネル。横須賀市内には全部で5つあります。 今まで4つは紹介しました。そして最後の一つがここ田浦・船越にあります「船越防災トンネル」です。 田浦から逗子へと抜ける県道沿い「沼間トンネル」の手前にトンネルはあります。 今まで見てきた防災トンネルは、トンネルの両側ともいわゆる谷戸といわれる地域でしたが 今回は片方(県道側)は、道路も走り、拓けた地域になっています。 緊急用の為、普段は車での通行はできません。通る人もまばらで 地元のおじいちゃん、おばあちゃんがゆっくりと通っていて、どこかのんびりとした 雰囲気です。防災トンネルのこういう感じが好きです。 車は行き止まりになり、さらに階段が続いています。 県道側は船越3丁目のバス停が目の前です。
◎「船越防災トンネル」◎
完成 1983年(昭和58年)
全長 172m
幅 4.5m
高さ 4.3m
google画像検索→船越防災トンネル
google検索→船越防災トンネル
ここまで結構多くのトンネルを見てきましたが、まだ全体の2/3にもいってないのでは。
まだまだめぐりますよ~。緊急用のトンネルなので、ストリートビューも通れません。
Deep City 横須賀
田浦変電所踏切
2008-05-21 | 田浦
以前横須賀のトンネルめぐりで、田浦を訪れた時に、とても気になるスポットを発見しました。何とその場所は、京急線とJR線が交差しているのです!
地図で調べてみましたが、横須賀市内で京急とJRが交差するのは2ヶ所。1ヶ所は汐入付近の地下で、こちらは当然目にする事ができません。
そしてもう1ヶ所が田浦にあるのです。その地点からバッチリタイミングよく交差する電車を写真に撮ろう!と意気込んで向かいました。
現場に着き、電車を待ちますが、京急だけだったりJRだけだったりとなかなかいい時は
訪れません。そんなに簡単にいくことはないと初めから分かっていましたので、根気よく待つ事1時間と15分。ついにその時が!!!?
くぅ~!惜しくないですか~?この後数本待ちましたが、時間切れで撤退・・・思っていた以上に難しいです、これ。今度休みの日にでも、1日かけてトライしてみます。
近所の方に不審者と思われての、このくだらいチャレンジ。
呆れて↑ポチッとしていただけたら嬉しいです。ありがとうございます。
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沼間・新沼間トンネル
2008-05-19 | 田浦
◆新沼間トンネル
横須賀のトンネル特集。京急田浦駅より逗子への続く県道途中、ちょうど市境に 「沼間トンネル」があります。横須賀北東部から逗子、鎌倉へアクセスするのに便利な この道は私も良く利用する道路です。トンネル自体が“市境”になっていて、 トンネルを抜けると違う市にはいるというのは珍しい事ではありません。 横須賀市内のトンネルも町境になっているところがほとんどですね。 この2つのトンネルは完成時期が違い、横須賀市側より見て左側、石を積んだような 一見古く見える方が「新沼間トンネル」。右側が「沼間トンネル」です。 こちらが“新”沼間トンネル。どことなく古く、重厚な感じがします。 トンネルを抜けると逗子市です。逗葉新道へも乗ることができます。 こちらは反対側、逗子側からの沼間トンネル。一度改修工事が入っているから新しく 見えるのでしょうか?抜けると横須賀市船越、京急田浦駅の脇に出ます。 逗子側から見た2つのトンネルです。前述の通り、このトンネルが市境になっています。 では管理はどっちで?との疑問が湧きます。実はトンネル半ばで半分ずつ管理している そうです!厳格に半分ではなく、若干逗子市側が多く、そえゆえに名前は逗子側の地名 “沼間”となっているのではないでしょうか。 同じ市内でしたらそう問題もなさそうですが、これが今回の様に市を分けるトンネルだったり、 はたまた県境のトンネルだったりしたら、命名権や管理運営費などいろいろ大変ですね。 国と国を結ぶトンネルなどはいったいどうなっているのでしょう!想像は膨らみます。
◎「新沼間トンネル」◎
完成 1954年(昭和29年)
延長 100.6m
◎「沼間トンネル」◎
完成 1929年(昭和4年)
改修 1950年(昭和25年)
延長 105m
幅 7.1m
今回は数ある横須賀のトンネルの中でも、市境にあるトンネルという、ある意味特徴のあるトンネルでした。次はどこのトンネルでしょうか?!
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JR横須賀線上り,横須賀~田浦5つのトンネル
2007-12-28 | 田浦
DEEP版「電車でGO!」シリーズ。今回はJR横須賀線上り、横須賀駅~田浦駅です。
国道16号を走っていてもそうなのですが、JRでもこの辺りはトンネルが連続してあります。
横須賀駅と田浦の駅の間に5つ!もあるのです。トンネル特集と合わせてUPしたいと思います。
まずは連続するトンネルをご覧くださいませ↓。そして先頭車両がトンネル内で電車が止まり、
扉が開かないという全国でも珍しい現象を撮るために、電車も選んで乗りました!
◆吉倉トンネル
横須賀駅を出てまず初めに見えてくるのが「吉倉トンネル」です。上り(左)と下り(右)の大きさが違いますね。完成したのは開通と同じ1889年(明治22年)でしょうか。レンガ造りの立派なトンネルです。
◎「吉倉トンネル」◎
完成 1889年(明治22年)
全長 161.5m
幅 上り8.54m 下り4.9m
◆田の浦トンネル
吉倉トンネルを抜け、右手に海上自衛隊の艦艇を見ながら進むと、またすぐにトンネル。「田の浦トンネル」です。“田浦”ではなく、ひらがなで“の”が入るのがナイス。
こちらも上りと下りのトンネルの大きさが違いますね。上りと下りの完成時期が違い、上りのトンネルは電化と複線化によって35年後に完成したそうです。
◎「田の浦トンネル」◎
完成 下り 1889年(明治22年)
上り 1924年(大正13年)
全長 下り 188.1m
高さ 上り 5.64m 下り6m
◆長浦トンネル
さらにまっすぐ進むと、またトンネル!こちらは「長浦トンネル」です。ここのトンネルは上りと下りで色合いが違いますね。大正生まれの上り(左)と明治生まれの(下り)、どちらも貫禄があります。
◎「長浦トンネル」◎
下り 完成1889年(明治22年) 全長184.3 高さ5.6m
上り 完成1924年(大正13年) 全長184 高さ6m
◆七釜(しっかま)トンネル
通ったトンネルは今のところ3つ。田浦駅も近くなってきました。 すると前方にトンネルが3つ出現!トンネル三兄弟です。今までのながれから、 一番左が複線化による大正生まれのトンネル。真ん中が一番古い明治のトンネル。 右のトンネルは?こちらは海軍の要請で造られた軍需輸送専用の引込み線だそうです。 昭和18年に完成し、現在は休止線となっています。 大正、明治、そして昭和のトンネル三兄弟。DEEPです。 トンネルの名前の“七釜(しっかま)”ですが、本来は“失鎌”で、かつてこのあたりは “鎌”を“失”うほどの草が生い茂っていたことからきていますが、トンネルの名前として 「釜を失う(蒸気機関車)」のはいかがなものか。と七釜になったそうです。
◎「七釜(しっかま)トンネル」◎
完成 1889年(明治22年)
1924年(大正13年)
1943年(昭和18年)
◆田浦トンネル
七釜トンネルを抜けると、トンネル出口がそのまま駅のホームと直結しています。!そしてそのままホームを進むと、その先にはまたトンネル!こちらが「田浦トンネル」。そしてな、なんとトンネル内に電車が入っていくではありませんか!電車はトンネルに頭を突っ込んだまま停車します。電車の編成が増えるにつれ、ホームの長さが足りなくなり、このような事態になったとか。全ての電車ではありませんが、車両編成の長い電車で見ることができます。
◎「田浦トンネル」◎
完成 1889年(明治22年)
全長 94.7m
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ながかまトンネル,防災トンネル田浦町~長浦町
2007-11-15 | 田浦
◆ながかまトンネル
横須賀のトンネル特集! 今回はぐるりと道がループする珍しい道(坂)、のの字坂に桜を見に行った時に見つけたトンネル、 「ながかまトンネル」に行ってきました!場所はJR田浦駅より16号を渡り、入っていった所です。 こちらが田浦1丁目側から。すぐ後ろには柵があり、車は入れなくなっています。 といいますのも、ここ「ながかまトンネル」は、横須賀市内に現在5つある「防災トンネル」 の一つなのです。それも完成したのが一番新しい防災トンネルです。(1997年) 横須賀の地形の特徴でもあります“谷戸”。万が一の災害時には、この地形が災いし、 谷にある町が孤立する危険があります。この防災トンネルの隣町への開通によって、 災害時の避難、救援が容易になるという、とても貴重なトンネルです。 通常は車の通行はできず、地元住民の方がちらほらと通る、静かなトンネルです。 トンネルの入り口付近には、長いトンネルを通ってきた人への気遣いか、ベンチが置かれています。 “ながかま”トンネルの名前の由来ですが、長浦(地名)の“なが”と失鎌の“かま”から とったようです。“失鎌”って何?と調べてみましたら、かつて駅周辺は“鎌を失う”ほど 草が繁茂していたため、「失鎌(しっかま)」と呼ばれていたそうです。なるほどトンネルは縦長で上部が丸みをおびた、まっすぐなトンネル。秋の心地よい風が吹き抜けています。長さは214mと結構長い。
◎「ながかまトンネル」◎
完成 1996年(平成8年)
全長 214m
幅 4.5m
高さ 5.2m
関連サイト
google検索→ながかまトンネル
google画像検索→ながかまトンネル
三浦半島へ行こう→風とみどりの峠みち~三浦半島縦断ウォーク【その1】
三浦半島なんでも探偵団→防災トンネル
地元住民しか知らない、通らないであろうトンネルです。歩行者の数も少なくひっそりとしていますが、“防災トンネル”という大きな役割を担っているトンネルです。トンネルめぐりによって、普段は入らないような道に入り、そこの町を感じるというのも楽しみの一つです。
Deep City 横須賀
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大山田トンネル
2007-06-01 | 田浦
◆大山田トンネル
先日に引き続き 横須賀のトンネルネタをお送りします。といいますのも、昨日の「田浦山トンネル・盛福寺管路トンネル」のすぐ近くにもう一つトンネルがあるのです! 名前は「大山田トンネル」。田浦町と港が丘を結ぶ大山田トンネルです。 昨日の“田浦山トンネル”の竣工が大正11年。それと比べますと、ずいぶんと新しいトンネルです。完成は1999年(平成11年)と平成生まれのトンネルです。 出口の壁に圧迫感がありますが、白が美しいトンネルです。トンネル内部もまだ出来立てのようなきれいさです。 “盛福寺谷戸”と呼ばれるこの奥地のトンネルは、町と町を結ぶ、防災トンネルの役割も担っているのではないでしょうか。 そして反対側、港が丘方面から見た大山田トンネル。トンネルを抜けてみてびっくりしたのが・・・・そこには新興住宅地!16号から昔ながらの街並みを見ながら入ってきた私には、 この新しい住宅街はタイムスリップしたかのような錯覚を覚えました。きれいな町並みですね。トンネルを抜けたら街の雰囲気が違う・・・面白いです。
◎「大山田トンネル」◎
完成 1999年(平成11年)
全長 83m
幅 6m
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田浦山トンネル,盛福寺管路トンネル
2007-05-31 | 田浦
◆田浦山トンネル
横須賀 は日本一トンネルの多い街!というわけで今回の横須賀トンネルめぐりは、 田浦町にあります「 田浦山トンネル 」です。 ここのトンネルは読んでくださっている方から情報をいただきました。ありがとうございます。 国道16号から内陸へ向かい、昔の雰囲気を残した商店街を通り、さらに奥へと進みます。 初めて通る道なので、目にするものすべてが新鮮です。すると・・・ 田浦山トンネル 前方にトンネル出現!(左)と思いきや、これは京急をくぐる道。せっかくですので記念にパチリ。 京急の線路を越えると前方にトンネルが見えます。(右)これが田浦山トンネル。
このトンネルの通行は「先入車優先」。 きれいな丸ではなく、両脇が直線ですぼまっている形。 16号側から見ると、緩やかな上り坂になっています。 内部もこれまた特徴的。下半分がコンクリートで、上半分が蛇腹のアーチ型になっています。 おそらく、すべてが蛇腹だったものを後からコンクリートで補強したのではないでしょうか? もともとこのトンネルは、旧海軍が水道専用トンネルとして建設したものだそうです。 そして「田浦山トンネル」を抜けると連なるように前方にトンネルがあります! 近くによって見てみると「 盛福寺管路ずい道 」と書かれています。(右) 盛福寺管路ずい道 『盛福寺管路ずい道』は水道トンネルで、中には入れません。 いやぁ、これはDEEPなトンネルに出会えました。 完成は「田浦山トンネル」と同時期(大正11年)と推定されています。 そしてここのトンネルで何と深作監督の「バトル・ロワイアルII」の撮影も行われたそうです! 入口が閉ざされたこのトンネルと、バトルロワイヤル・・・何だか怖い感じがしますね。
◎「田浦山トンネル」◎
完成 1922年(大正11年)頃
全長 90m
幅 4m
高さ 3.7m
この場所へは初めて来ましたが、JRと京急の電車が近くを走り、緑の多い谷戸風景が、何とも気持ちのいい場所です。
Deep City 横須賀
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鈴木屋,JR田浦駅前,横須賀の酒場・居酒屋
2008-02-27 | 田浦
横須賀の酒場・居酒屋飲み歩き。今回は電車がトンネルに頭を突っ込んで停車するという ディープな駅「JR田浦駅」の駅前にあります「鈴木屋」に行ってきました。 駅を降りるとターミナルがあり、バスと数台のタクシーがいるだけ。 商店街やコンビニなどといったものもなく、すぐに国道16号にぶつかります。 その間にある唯一のお店「鈴木屋」は以前から気になっていたお店でした。 手前がJR田浦駅。奥は16号。その間の「鈴木屋」さん。 初めてのお店に入るのはなかなか勇気のいるものです。 ところが中へ入ると、で~んと長いカウンターがあり、とてもいい雰囲気。 老舗酒場のような味のあるお店です。お店は老夫婦とその娘さんか、3人で切り盛りしています。 目の前に掲げられたメニューから注文。(クリックで拡大します) 飲み物は嬉しいことにホッピーがあったので、迷わずホッピーを。400円。 ここへ来る前に他に寄ってきたので、軽めのオーダー。 梅きゅう350円、チーズ揚げ450円。 煮込みも追加注文。お店の方にお話を聞くと、以前は今ある16号側とは反対の、 駅の向こうにお店があり、明治時代から営業していたという老舗のお店でした。 現在はお昼の営業はやめて、夜のみの営業となっています。 そういえばメニューの中に“ご飯もの”もあり、食事もできるようです。
『鈴木屋』
横須賀市
046-861-3671
営業時間 17:00-23:00
定休日 日曜日
食べログ→鈴木家
地図で見てみて分かったのですが、JRも16号も両脇はトンネルです。トンネルとトンネルに挟まれた場所に、駅があり、お店もあります。なかなかディープな立地と、雰囲気あるお店が気に入りました。今度はゆっくり呑みに行きたいと思います。
Deep City 横須賀
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景徳寺,横須賀市船越町,三浦観音第21番札所田浦
2008-02-04 | 田浦
三浦半島札所めぐり。今回は三浦観音第21番札所となっております、横須賀・船越の 「景徳寺」です。国道16号を走っていてお寺があることは知っていたのですが、 訪れるのは初めてです。 トンネルの多い街横須賀。国道16号沿い、船越トンネル手前にお寺はあります。 道路を挟んだ向かいは北部共済病院。駐車場はお寺の前にあります。 昔この辺りの海岸に、朱の船に乗って観音様が漂着しました。 観音様が“船”でお“越”しになった所ということで、地名が“船越”になったといわれています。 その観音様を今の北部共済病院のあたりに、宝珠庵というお堂を建てて安置しましが、 明治20年ごろ、病院建設に伴い、宝珠庵が取り壊されることになり、近くの景徳寺に 移されることになったそうです。景徳寺は円覚寺派臨済宗のお寺。 札所めぐりでもたびたび名前を拝見する“夢窓国師”のお弟子さん、仏観禅師が 1300年代に開山したお寺です。 境内はよく手入れされており、日本庭園のような雰囲気。 すぐそばに16号が走っているとは思えないほど、落ち着いた境内です。 こちらが山門左手にあります「観音堂」 ここには馬頭観音が祀られており、こちらは拝観することができます。 この馬頭観音は船越2丁目辺りの鎌倉道にあったものを移されたそうです。
◇山号寺号 金鳳山 景徳寺 (きんぽうざん けいとくじ)
◇宗派 臨済宗 円覚寺派
◇開山 夢窓国師の弟子、仏観禅師(ぶつかんぜんじ)青山大和尚(応安2年没1369年)
◇本尊 十一面観音菩薩
◇場所 横須賀市船越町1-61
◇電話 046-861-3560
◇アクセス バス停「横須賀北部共済病院」下車。
JR田浦駅~逗子駅、JR横須賀駅~京急追浜駅
★十一面観音菩薩★
◎十一面観音菩薩の画像は→こちら (参)Annie's Homepage
◎ご詠歌 『観音は けいとくしうの 佛にて ぐぜいの船に 乗るぞ船越』
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田浦をあるく→船越地区をあるく
景徳寺近くには、神仏分離で独立した「船越神社」があります。こちらはまた別の機会にとりあげたいと思います。船越の地名の由来となった観音様。御開帳が楽しみです。
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