1979
1980年代の日本は老大国になるための準備期間
日本の戦後は,
1950年代が復興の時代,
1960年代が成長の時代,
1970年代は経済大国が定着した時代
と考えられる。
これは成長の結果が日本人の意識としてではなしに,内外の行動として認定されたという意味を含む理由である。
例えば円高も,日本の高く高くなった地位を国際的に追認するという形で起こっていると考えられる。
そして1980年代という時代を考えると,それはやがてくる老大国への転換期だという気がする。
1980年代の日本社会は,食べるものよりも味,味よりもムード,住宅は広さ広さよりも快適さ,快適さよりも所有の誇り,といったふうに,生きるのに必要なものから,楽しむことを中心にした社会に向かうということであろう。
その次にくる1990年代以降が,老大国の時代ということになるだろう。
だから1980年代はある意味では老大国になるための準備をしなくてはならないわけであり,そこを間違えると1990年代は老小国になってしまう危険がある。
現在,日本の労働人口の平均年齢は39歳であるが,会社や官公庁などに勤めている人だけをとると34歳になる。つまり農業,林業,漁業とか田舎の小売店,医者,弁護士なんかに老人が多く,企業に勤めている人は比較的若い層が多いためそうなっているのだが,これは年功序列賃金体系の下で日本の企業がいかに「ええとこどり」をしてきたかという証明なのである。
昭和30年代の末から40年代にかけて,農村へ行くと老人ばかりがいて若い人がいないという傾向がどんどん進行しており,逆に大都会の工場には,若い人ばかりが勤めて老人がいなかった。
つまり年功序列賃金の中で,比較的若くて優秀な労働力を「ええとこどり」で企業が雇っていたということである。
ところが今後はそうはいかなくなり,企業は中高年齢層も全部賄わなければいけない。
10年後,企業内の平均年齢はだいたい38歳。今後の10年間で4才歳をとると見られている。
ー80年代の読み方,NONブックス,堺屋太一,1979年
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予測の方法
これまで,時代の先を読む方法ということで経済の動向に関連して説明してきたが,ここではこれまで述べたことを整理して,先を読むための一般的な心得,基本的なアプローチの方法を述べておきたい。
まず,先を読めるといっても,明日の株式がいくらになるかを確実に言い当てられる人はまずいない。野球でも,明日の試合で誰がホームランを打つかを当てるのは非常に難しい。
しかし,株がこれから3年間,大体上がるのか下がるのかということは割合言いやすい。野球でも,今年たくさんホームランを打つ選手を上げることは割合言える。
だから先を読むためにはまず巨視的観察を確実にすることが非常に大事なことである。
巨視的観察をするということは,全体的に長期的に見るということであって,長い傾向性と現在の乖離ということを知れば大体分かるようになるのである。
私の知り合いのドイツ人の女性で,なかなか金儲けの上手な人がいるが,彼女は別に難しいことは言わない。
要するに
「過去過去数年で何が一番値上がりしていないか」
ということをまずいう。
私の昭和44年にヨーロッパに行った時,彼女は「金を買ってはどうか」という話をした。
なぜかと言うと,1934年から国際的に値上がりしてないものは金と石油しかない。だからこれは必ず上がるはずだ,というのである。
その頃の1オンス35ドルという金の値段で生産できる量はどのくらいの傾向にあるかというのをグラフで書いて,退蔵金を除いて工業用使用量の伸び率を推測すると,ある幅でその傾向が必ずわかる。そうすると1972年には今の35ドルを維持している限り,金は工業用消費量の方が生産量を上回る。これでは維持できないから当然金は値上がりすると読む理由である。
果たして,金はニクソンショックの後,猛烈に上がりだした。
その次に彼女に会い,今度は何がいいのだと質問すると,戦前に比べて値上がりしていないものはもう石油しか残っていない。だから油田の権利は必ず上がるはずだというのである。そうすると石油ショックが起きて石油の値段は暴騰した。
これは先を読むテクニックのひとつの参考になると思う。要するに基本的な大きな変化がない限り,長期的傾向から離れているものは必ず修正されるのである。
例えば日本で見ても昭和32年までは物価はものすごく上がっていたが,土地はほとんど上がっていない。そうすると,果たしてその後,土地は猛烈に上がり始めたのである。
だから,まずそういう巨視的観察をするということが,先を読む最大のテクニックだと言える。
ー80年代の読み方,NONブックス,堺屋太一,1979年
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予測を狂わせるもの,予測を生むもの
微視的に見ると予測はいたって困難である。
どうも個人にしても,企業経営にしても,人間は微視的な問題に惑わされやすい弱点がある。
微視的観察をしようとする人は,早耳情報や裏話にとらわれやすいものであるが,これは絶対に良くない。
早耳情報や裏話は全部嘘だと考えておいた方が間違いがない。この世の中で10日早く知ったから何かが儲かったという例はめったにない。10日どころか,2ヶ月早く知っても通常の場合は意味がない。
入学試験の問題が1日早くわかれば大したことであろうが,そういうことはビジネスの社会にはめったにない。
例えば東京にもし情報機能が集中しているのなら,新しい産業は東京から興らなければならない。しかし戦後,興って確立された産業というのは,ある人の分析では32ほどあると言うが,その中で東京から興ったものは4つしかない。
2つが中京地区から興って,残りの26が関西地区から興っている。
これは明らかに情報格差を表していることの証明になる。
例えば東京のファッションデザイナーの中には,こっそり大阪へ見に行くという人が多い。ファッションの始まりがまるまる一年東京より関西が早いからである。
簡単にいくつかの例を挙げると,東京から興ったのは
ボーリング,
プロレス,
シンクタンク
などで,関西から始まったものは
インスタント食品,
プレハブ住宅,
サラ金,
ビジネスホテル,
スーパーマーケット,
コンビニエンスストア,
有線放送,
トルコ風呂,
サウナ風呂,
アルサロ,
地下商店街,
社会人向けセミナー,
グループサウンズ,
ボディアクションシンガー
まで実に数多くある。最近のヒットは
カラオケ,
互助会会社
であろう。
このように,東京の特殊機能である早耳情報,裏話がビジネスに役立つことはまずない。むしろ有害でさえある。
東京には早耳情報と裏話が氾濫しすぎている。そして結果として大数観察を妨げて将来の予測を誤らせる危険が大きい。
例えば一昨年の秋に円高ドル安が起きて1ドルに180円台から230円ぐらいになった。この時に東京都では
「これはアメリカ政府の陰謀である」
という説が広まった。
またそれを相当な数の人が信じた。アメリカの誰誰に聞いたらこうだったとか,そういった話が広まったが,ところが昨年になって1ドル100円以下になると,陰謀説というのは全くなくなってしまった。陰謀説はでたらめだったのである。
しかし東京ではそういう話が非常によく通る。こういった陰謀説が創作される環境にあるのは東京だけなのである。
というのは何かそういう裏話を作るには俺は総理大臣に会って聞いたとか,何々省の局長が入っていたとか,しかるべき人の名前を出す必要があり,そういう人が集まってるの東京都だけだからである。
だからビジネスとか生活に役に立たないおもしろおかしい情報は東京に集中しているけれども,肝心な情報は抜けていると言える。
阪急電鉄の小林一三は甲州の人であったが大阪に来て成功した。彼が三井銀行にいて東京で事業を始めていたら,あんな先見性は持てなかったかもしれない。
関西では大数観察が風土的に行われている。20年ぐらいの単位でものを考えるという雰囲気がある。
一方,東京は来年のことを言うと鬼が笑うとか言って来年のことさえ考えない。
巨視的感覚に基づいた大数観察というものは結果として後から見ればまさに「コロンブスの卵」であって,誰にも誰にでもできる簡単なことのように見える。しかし実はこれは非常に難しい。なぜなら早めに情報や裏話はいかにも儲かりそうに見えるからである。
こういったことに早く見切りをつけて,まず大数観察を身につけることを心がけることが大切なのである。
ー80年代の読み方,NONブックス,堺屋太一,1979年
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